
目を覚ますと、街は音を失っていた。ビルはそびえ、車は止まり、人々は歩いているのに、音だけが消えていた。喉を鳴らしても声は出ず、足音も響かない。ただ、風だけが冷たく頬を撫でた。
男は街を歩いた。信号は点滅し、カフェのドアが開閉し、犬が吠える仕草を見せる。しかし、何も聞こえない。まるで世界がミュートされたかのようだった。
やがて、広場にたどり着くと、一人の少女がいた。彼女だけは音を持っているようだった。足元の砂を蹴る音、風にそよぐ髪の音。男は少女の名を尋ねたが、声が出ない。少女は微笑み、紙を差し出した。
「あなたは、誰?」
文字を見た瞬間、頭の奥でノイズが弾けた。街の音が戻ると同時に、男の記憶は消えた。
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