
男は、誰にも気づかれずに消えていった。最初は些細な違和感だった。コップを持つ指が透けて見えた。シャツの袖口が、机の木目と混ざり合っていた。
「疲れてるんだろう」
そう呟いて、コーヒーをすする。苦みだけが、かろうじて実在を証明していた。
それから数日後、会社の同僚が彼を見失った。呼ばれても、彼の声は届かない。背中を叩かれても、誰も反応しない。焦ってトイレの鏡を覗くと、そこには何もなかった。
「消えかけているのか?」
驚くほど冷静だった。孤独はすでに馴染んでいたのだ。
翌朝、ベッドの上には誰のものでもない影が残っていた。
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