超短編小説 「地図にない町」
- Takahito Matsuda
- 3月19日
- 読了時間: 2分

庄内町に着いたのは、日が沈んだ後だった。駅前の時計は止まり、街灯はまばらに点滅している。風が吹くたびに、看板の錆びた鎖がかすかに鳴った。人気はない。町全体が、ずっと前からこの状態であるかのように静まり返っている。
男はポケットから古びた地図を取り出した。確かに「庄内町」と記されている。しかし、歩き始めるとすぐに違和感を覚えた。地図にあるはずの建物がない。道はねじれ、交差点の形が変わり、橋は川の上ではなく畑の上にかかっている。
「おかしいな」
地図を凝視するうちに、足元の感覚が不確かになった。ふと顔を上げると、町の輪郭が揺れていた。建物はわずかに歪み、道路の白線はかすかに脈打っている。まるで町そのものが息をしているかのようだ。
男は背後に気配を感じた。振り返ると、路地の暗がりから誰かがこちらを覗いている。人影はすぐに消えた。
「ここは……本当に庄内町なのか?」
言葉が霧のように宙に溶ける。答えはない。遠くの田んぼには、鏡のような水面に月が映っていた。しかし、そこに映る景色は逆さではなかった。月の下に広がる町は、男が今立っている場所とは違う形をしていた。
男はもう一度地図を見た。さっきまで紙だったはずのそれは、指先で触れるとざらついた感触を残し、土に変わっていった。指の間から黒い粒がこぼれ落ちる。
駅へ戻ろうとしたが、道は消えていた。いや、町全体がゆっくりと形を変えている。さっきまで歩いてきたはずの道は、すでに別の何かに作り替えられていた。
男はもう一度月を見た。水面に映る町の中に、小さな影があった。それは自分自身だった。
風が吹くたびに、町は静かに変わり続ける。彼がここにいる限り、町は形を変え、出口は永遠に閉ざされたままだった。
Comments