超短編小説 「希望の設計図」
- Takahito Matsuda
- 3月18日
- 読了時間: 1分
部屋の壁が、少しずつ透明になっていく。最初はヒビ割れのような線だったが、今はもう向こう側が透けて見える。隣の部屋には誰もいないはずなのに、影がひとつ揺れている。
「ああ、またか」
男は椅子の上で足を組み、無造作に新聞を広げた。ニュースはいつも通り、破壊と喪失の報告ばかり。そんなものに意味はない。
窓の外には、長く伸びた鉄骨の残骸が広がる。都市の終わり。時間を追うごとに、建物は形を失い、ただの輪郭だけが残った。まるで消しゴムで消された街のスケッチだ。
男は机の引き出しから一枚の設計図を取り出す。鉛筆の線は濃く、乱れている。誰もが建物を捨て、街を捨てたのに、彼はまだ家を設計している。
「希望とはなにか?」
男は呟いた。答えはもう知っている。希望とは、線を引くことだ。存在しない未来を、まず図面の上に置くこと。それが本当の始まりだ。
壁は完全に透明になり、男の影だけが部屋の中央に残った。彼は鉛筆を握りしめ、白い紙の上に最初の一本を引いた。
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